弦楽器の弓はアマチュア演奏家にとって謎多き対象である。良い弓とはどのような弓か。高価な弓と安価な弓の違いはどこにあるか。そもそも、見たところ単純な構造なのに、良し悪しの差がそれほど出るものなのか。材料の木材の質が違う、工作精度が違う、と説明されても、演奏に使用してみて違いが判らなければ納得しがたい。
以下は、こうした疑問への解答を求めてきたアマチュアなりの探求記である。
チェロを始めた高校生の頃から、アマチュア・オーケストラに属していた大学生時代くらいまでは、弓に「弾き勝手」(運弓における性能)以上の違いがあるという実感は、ほとんどなかった。楽器店や展示会等で様々な弓を試奏しても、運弓のしやすさ、腰の強さ、明るい音か鈍い音か、程度の違いを感じることはできても、音色の違いと言えるほどの音の差は感じなかった。何しろ、見た目は単なる棒のようなものにすぎず、楽器と接触するのは弦をこする毛の部分だけなのだ。
一方、先生方や先輩たちは口々に「弓だけは最初から良いものを買っておきなさい」とおっしゃる。弦楽器店は弦楽器店で、「良い弓の材料であるフェルナン・ブコが枯渇しつつあるから今のうちに買っておかないと値上がりするよ」などと脅す。だから分からないなりに、もしかしたらそのうち違いが理解できるかもしれないと思い、せっせと楽器店に通って良さそうな弓を探しては、アルバイトで得たお金をはたいて買い求めてきた。
しかし、それらはせいぜい数万円から、高くても十数万円(当時の私にはとんでもなく高価な部類だった)のもので、そのクラスに使用する材木くらいなら、その後三十数年経った今でも枯渇する気配はない。確かに枯渇してきているのは、チェロの場合、八十万円以上するような(もっと現実的なところを言えば大手楽器店価格で百万円を超えるような)高級弓に使われる最上の材料なのである。
今から考えれば、いくら良いものを厳選したとしても(その頃自分が選んだ弓は今見てもなかなか出来が良いと思う)、プロフェッショナルな使用に適さないクラスの弓を、なけなしのお金で何本も購入するのは実に無駄なことだった。安価な弓何本分かのお金でランクの高い弓を1本買ったほうが、どれだけ良い結果を得られたか知れない。しかしそのときの私は、「安価な弓でも装飾などが簡素なだけで高価な弓と大差ないのだから、安くて性能の良い弓を見つけて何本も買っておけば、楽器屋さんが口々に言うような弓価格の上昇に対処できる」と考えていた。